PITAVA(ピタバ)事件(第2判決)|newpon特許商標事務所

薬剤成分の略称表示の商標権侵害の成否 PITAVA(ピタバ)事件(2)

知財高判 2015(H27)・7・16 H26(ネ)10098号 商標権侵害差止等請求事件

(原審 東京地判2014(H26)・8・28 H26(ワ)770号 裁判所HP)

事実の概要

 控訴人(原審の原告)は、薬について商標「PITAVA(標準文字)」の商標権者であり、ピタバスタチンカルシウムを有効成分とするコレステロール低下薬の後発医薬品メーカーである。
 被控訴人は,平成25年12月から,販売名を「ピタバスタチンCa錠1mg「明治」」とする薬剤(「被控訴人商品1」),販売名を「ピタバスタチンCa錠2mg「明治」」とする薬剤(「被控訴人商品2」)及び販売名を「ピタバスタチンCa錠4mg「明治」」とする薬剤(「被控訴人商品3」)を販売している。被控訴人各商品は,錠剤であり,その錠剤の外観は,それぞれ別紙錠剤目録1ないし3記載のとおりである。
 本件は,控訴人が,別紙標章目録1ないし3記載の各標章(以下「被控訴人各標章」と総称し,それぞれを同目録の番号に従い「被控訴人標章1」などという。)を付した薬剤を販売する被控訴人の行為が控訴人の有する商標権の侵害(商標法37条2号)に該当する旨主張して,被控訴人に対し,同法36条1項及び2項に基づき,上記薬剤の販売の差止め及び廃棄を求めた事案である。

 原判決は,被控訴人による被控訴人各標章の使用はいわゆる商標的使用に当たらないから,本件商標権を侵害するものではないとして,控訴人の請求をいずれも棄却した。控訴人は,原判決を不服として,本件控訴を提起した。

商標権目録
(商標権目録)
被告標章目録
(被告標章目録)

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 控訴人は,本件控訴の提起後,本件商標権の分割の申請をし,本件商標権は,指定商品を第5類「薬剤但し,ピタバスタチンカルシウムを含有する薬剤を除く」とする商標権と指定商品を第5類「ピタバスタチンカルシウムを含有する薬剤」とする商標権(以下「本件分割商標権」という。)に分割された。その後,控訴人は,控訴審において,請求原因を本件商標権の侵害から本件分割商標権の侵害に変更する旨の訴えの交換的変更をした。

判 旨

 控訴棄却。 裁判所は、『被控訴人各商品の錠剤に付された被控訴人各標章は,「需要者が何人かの業務に係る商品であることを認識することができる態様により使用されていない商標」(商標法26条1項6号)に該当し,また,商品の「品質」又は「原材料」を「普通に用いられる方法で表示する商標」(同項2号)に該当するものと認められ,控訴人が有する本件分割商標権の効力は被控訴人各標章に及ばないものと認められるから,控訴人の当審における交換的変更に係る請求は,いずれも理由がないものと判断する』とし、請求を棄却した。

 被控訴人各標章の商標法26条1項6号該当性(争点1)

 (1) ①被控訴人各商品は,一般的名称(JAN)を「ピタバスタチンカルシウム」とする化学物質を有効成分とする「HMG-CoA還元酵素阻害剤」であり,医療用後発医薬品(ジェネリック医薬品)であること,②医薬品の販売名等の類似性に起因した医療事故等を防止するための対策の一環として平成17年9月22日付で発出された本件厚労省課長通知は,医療用後発医薬品の承認申請に当たっての販売名の命名に関し,「販売名の記載にあたっては,含有する有効成分に係る一般的名称に剤型,含量及び会社名(屋号等)を付すこと」を定めており,被控訴人各商品の販売名である「ピタバスタチンCa錠1mg「明治」」,「ピタバスタチンCa錠2mg「明治」」及び「ピタバスタチンCa錠4mg「明治」」は,本件厚労省課長通知に従って命名されたこと,③被控訴人を含む後発医薬品メーカー21社は,平成25年12月から,ピタバスタチンカルシウムを有効成分とする後発医薬品(「HMG-CoA還元酵素阻害剤」)の製造,販売を開始し,被控訴人以外の20社も,本件厚労省課長通知に従って,上記後発医薬品の販売名を命名し(例えば,「ピタバスタチンCa錠1mg「サワイ」),剤型及び含量が同じであれば,被控訴人各商品との販売名の違いは「会社名(屋号等)」だけであること,④「スタチン系薬」又は「スタチン系化合物」は,医師,薬剤師等の医療従事者の間において,HMG-CoA還元酵素阻害薬の総称として一般に知られていたこと,・・・
 上記認定事実によれば,被控訴人各商品の錠剤に付された「ピタバ」の表示(被控訴人各標章)は,有効成分である「ピタバスタチンカルシウム」について,その塩であることを示す部分(「カルシウム」)の記載及び「スタチン」の記載を省略した「略称」であることが認められる。
 次に,被控訴人各商品の包装態様は,別紙包装目録1ないし3のとおりであり,錠剤が10錠ずつPTPシートにパッケージされて,その複数のPTPシートが外箱に入れられたもの(同目録1ないし3参照)と,錠剤が瓶詰めされ,その瓶が外箱に入れられたもの(同目録1及び2参照)があり(前記1(1)イ(イ)),被控訴人各商品の錠剤は,通常は,PTPシートから取り出して服用することが想定されているといえる。
 そして,医師,薬剤師等の医療従事者の間においては,後発医薬品の販売名は含有する有効成分に係る一般的名称に剤型,含量及び会社名(屋号等)から構成されていることは一般的に知られているものと認められるから,医療従事者が,被控訴人各商品に接した場合,被控訴人各商品が「ピタバスタチンCa錠1mg「明治」」等を販売名とする後発医薬品であることを認識し,被控訴人各商品の錠剤に付された「ピタバ」の表示(被控訴人各標章)は,有効成分である「ピタバスタチンカルシウム」の略称であることを認識するものと認められる。

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被告商品
(被告商品)

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 一方で,患者においては,PTPシートに入れられた状態で被控訴人各商品の交付を受けた場合,PTPシートから被控訴人各商品を取り出して服用する際に,PTPシートに記載された「ピタバスタチンカルシウム」等の表示が自然に目に触れ,被控訴人各商品は「ピタバスタチンカルシウム」が含有された錠剤であること認識するものと認められるから,被控訴人各商品の錠剤に付された「ピタバ」の表示(被控訴人各標章)は,被控訴人各商品の含有成分を略記したものであることを理解するものと認められる。
 また,被控訴人各商品は,医師等の処方箋により使用する「処方箋医薬品」であり(前記1(1)イ(ア)),被控訴人各商品と他の薬剤とが一つの袋にまとめて包装される「1包化調剤」により処方される場合があるが,この場合,患者は,1包化した袋を開封し,その袋内に薬剤が入ったままの状態で服用するので,被控訴人各商品の錠剤に付された「ピタバ」の表示を認識することはないのが通常である。もっとも,患者は,1包化した袋からいったん薬剤を取り出して服用する場合もあるが,その際には,取り出した薬剤を一緒に服用すべきひとまとまりの薬剤として認識し,個々の薬剤の表示が目に触れたとしても,その表示が薬剤の出所を示すものと理解することはないものと認められる。
 以上によれば,被控訴人各商品の需要者である医師,薬剤師等の医療従事者及び患者のいずれにおいても,被控訴人各商品に付された「ピタバ」の表示(被控訴人各標章)から商品の出所を識別したり,想起することはないものと認められるから,被控訴人各商品における被控訴人各標章の使用は,商標的使用に当たらないというべきである。
ウ したがって,被控訴人各標章は,「需要者が何人かの業務に係る商品であることを認識することができる態様により使用されていない商標」(商標法26条1項6号)に該当するものと認められる。

 (3) 以上によれば,被控訴人各商品の錠剤に付された被控訴人各標章は,商標法26条1項6号に該当するから,控訴人が有する本件分割商標権の効力は,被控訴人各標章に及ばないというべきである。

 被控訴人各標章の商標法26条1項2号該当性(争点3)

 前記2(1)ア認定のとおり,被控訴人各商品の錠剤に付された「ピタバ」の表示(被控訴人各標章)は,有効成分である「ピタバスタチンカルシウム」について,その塩であることを示す部分(「カルシウム」)の記載及び「スタチン」の記載を省略した「略称」であることが認められる。
 そして,前記2(1)イ認定のとおり,医師,薬剤師等の医療従事者の間においては,後発医薬品の販売名は含有する有効成分に係る一般的名称に剤型,含量及び会社名(屋号等)から構成されていることは一般的に知られているものと認められるから,医療従事者が,被控訴人各商品に接した場合,被控訴人各商品が「ピタバスタチンCa錠1mg「明治」」等を販売名とする後発医薬品であることを認識し,被控訴人各商品の錠剤に付された「ピタバ」の表示(被控訴人各標章)は,有効成分である「ピタバスタチンカルシウム」の略称であることを認識するものと認められる。
 そうすると,被控訴人各商品の需要者である医療従事者においては,被控訴人各商品に付された被控訴人各標章は,「商品の品質」である「有効成分」を表示する商標であると理解するものと認められる。

 次に,前記2(1)イ認定のとおり,患者においては,PTPシートに入れられた状態で被控訴人各商品の交付を受けた場合,PTPシートから被控訴人各商品を取り出して服用する際に,PTPシートに記載された「ピタバスタチンカルシウム」等の表示が自然に目に触れ,被控訴人各商品は「ピタバスタチンカルシウム」が含有された錠剤であること認識するものと認められるから,被控訴人各商品の錠剤に付された「ピタバ」の表示(被控訴人各標章)は,被控訴人各商品の含有成分を略記したものであることを理解するものと認められる。

 また,被控訴人各商品は処方箋医薬品であって(前記1(1)イ(ア)),患者は,医師等から処方箋の交付を受けなければ,被控訴人各商品を購入することができないものであるところ,医師等から,処方箋医薬品が処方される際には,通常は,処方される薬剤にどのような効能・効果があるかの説明がされ,さらに,薬局等に処方箋を提出して処方箋医薬品を購入する際には,通常は,薬剤師から,購入する薬剤の効能・効果に加えて,当該薬剤の名称やその服用方法等についても説明がされるから(乙27ないし30,36,37,弁論の全趣旨),患者は,被控訴人各商品を購入するまでの過程において,医師又は薬剤師から,被控訴人各商品の有効成分が「ピタバスタチンカルシウム」である旨の説明を受ける場合もあるものと認められる。
 そうすると,被控訴人各商品の需要者である患者においては,被控訴人各商品に付された被控訴人各標章は,「商品の原材料」である「含有成分」又は「商品の品質」である「有効成分」を表示する商標であると理解するものと認められる。

 前記アないしウを総合すると,被控訴人各商品の錠剤に付された被控訴人各標章は,「商品の品質」である「有効成分」又は「商品の原材料」である「含有成分」を「普通に用いられる方法で表示する商標」(商標法26条1項2号)に該当するものと認められる。

検 討

 判決の結論に賛成。

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 判旨について

 被控訴人各商品は,錠剤であり,その錠剤に「ピタバ」と記載されている。このような被控訴人各標章と本件商標が類似する関係にあり,被控訴人各商品が本件分割商標権の指定商品と同一であるので,形式的には被控訴人各商品の製造販売は本件分割商標権の侵害(商標法37条1号)に該当する。

 しかしながら、被控訴人各商品が病院,診療所,薬局等の医療従事者へ販売される場合には,箱に梱包されたままの状態で販売されるから,医療従事者が錠剤に付された「ピタバ」の表示を認識して購入することはないので、被控訴人各商品が病院,診療所,薬局等の医療従事者へ販売される場合に,錠剤に付された「ピタバ」の表示が商標的に使用されていないといえる。

 また、患者が被控訴人各商品の錠剤に付された「ピタバ」の表示を認識すのは,服用の場面であって,被控訴人各商品を購入する際に商品を識別する場面ではないといえる。

 そうすると、被控訴人各標章は,「需要者が何人かの業務に係る商品であることを認識することができる態様により使用されていない商標」(商標法26条1項6号)に該当する。(本判決の結論に賛成)

 ただし、患者は,「PTPシートから被控訴人各商品を取り出して服用する際に,PTPシートに記載された「ピタバスタチンカルシウム」等の表示が自然に目に触れ,・・・ 「ピタバ」の表示は,被控訴人各商品の含有成分を略記したものであることを理解する」と認定している点は疑問である。まず、「服用する際」の認識でよいのか、次に、例え医者から説明を受けていたとしても「ピタバ」が原料の略称であると認識するかという点である。

 商標法26条1項6号

 本判決は、今年4月に施行された改正商標法において新しく設けられた商標法第26条1項6号(商標的使用)が適用された最初の知財高裁判決である。
 争点は、
(1) 被控訴人各標章と本件商標の類否(争点1)
(2) 被控訴人各標章の商標法26条1項6号該当性(争点2)
(3) 被控訴人各標章の商標法26条1項2号該当性(争点3)
(4) 商標登録の無効理由による権利行使制限の成否(争点4)
(5) 権利の濫用の成否(争点5)
であるが、裁判所は、争点2及び3については判断したが、他の争点については判断しなかった。

 原告は、原審において商標的使用を請求原因としていると思われる。商標法第26条1項6号は、被控訴人(被告)の抗弁という位置付けで立法されているので、立証責任は被控訴人にあるが、本判決では、裁判所は「需要者が何人かの業務に係る商品であることを認識することができる態様により使用されていない商標」であることが立証されたと判断した。

以 上

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