「医の心」・「医心」商標権侵害事件|newpon特許商標事務所

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自他識別機能を有する標識として商標的に使用されているか否かが争われた事例

東京地判 2017(H29).7.27 H28(ワ)28591号 商標権侵害差止等請求 「医の心」・「医心」事件

事実の概要

 原告は,予備校・家庭教師派遣業の運営,出版業,映像制作,学習ソフトの開発等を業とする「合同会社医系予備校講師の会」の代表社員であり,被告Yは,教育基本法及び学校教育法に従い学校教育を行うことを目的とする河合塾大阪校を含む各学校を設置し,受験生に対する受験勉強の教授等を業とする学校法人である。
 原告は,「医の心」との標準文字の商標及び「医心」との標準文字の商標に係る商標権(「本件商標権1及び2」)を有する。

 被告は,平成27年4月,大阪校医進館において,医学部志望の高校1年生を対象とする「高1医進コース」の講座の一つとして「医心養成ゼミ」を開講し,平成28年4月からは「高2医進コース」の講座の一つとしても「医心養成ゼミ」を開講した。被告は,同ゼミに関するウェブサイト及びパンフレットにおいて,「医の心」「医心」「医心養成ゼミ」との表記を多く用いている(以下,「医の心」との表記を「被告標章1」と,「医心」との表記を「被告標章2」と,「医心養成ゼミ」との表記を「被告標章3」といい,これらを併せて「被告標章」と総称する。)。
 ヤフー株式会社が運営する検索サイト「Yahoo!検索」において,「河合塾,大阪校,医学部,医心養成ゼミ」ないし「河合塾,大阪校,医学部,医の心」の各キーワードを入力した場合の検索結果には,被告が開講している「医心養成ゼミ」に関する被告のウェブサイトの記載の一部が表示された。

 
原告商品
(本件商標権)

判 旨

 裁判所は、被告各標章は記述的に説明した語であると認定して、商標的使用を否定し、原告の請求を棄却した。

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 争点(1)(被告標章に係る商標的使用の有無)について

(1) 証拠(甲5,8の1ないし5,乙4,6ないし10,11の1ないし11,17,30)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

ア 「医の心」及び「医心」という語の用例等

(ア) 「医の心」という語は,以下のとおり,医療関係の書籍や番組,ウェブサイト等で頻繁に用いられており,このうち,c及びeは,本件商標1の出願より25年以上前のものである。
a 「QLife Pro」という医療従事者向けの医療総合サイト「医心」があり(株式会社QLife運営),その中に立石実医師が執筆した「医の心」というコラムが平成25年3月8日付けで掲載され,そこでは後記cの著作の内容が紹介されている(乙6)。
b 毎日放送で「医のココロ」という医療情報番組が放送されている(乙7)。
c 榊原仟教授(東京帝国大学医学部の医局長,東京女子医科大学外科主任教授,日本心臓血管外科学会会長,筑波大学副学長を歴任し,心臓外科の権威とされる。)が著作した「医の心」と題する書物(中公文庫,昭和62年2月10日発行)が刊行されており,そこでは,「『医の心』といえば,医師たる者の心得ていなければならないこととも受取れるし,医師が患者の治療に際して,背景に抱いている医師の心情とも解釈できる。」,「『人間の生命と医師の使命』では,医師は生命をどう考え,どのような立場で取扱っているのか,について触れた。これが,医療の本質にかかわるもので,『医の心』そのものともいえると思う。」等の記載がある(乙8)。
d 神津仁医師による「医の心」と題するウェブサイト上のエッセイがあり,そこでは,日本医師会生涯教育シリーズの「対談 医の心―先輩医師に学ぶ」という書籍が紹介されている(乙9)。
e 北里大学病院が編者となった「医の心(一) 医の哲学と倫理を考える」と題する書物(丸善株式会社,昭和59年1月20日発行)が刊行されている(乙10)。
(イ) 「医心」という語は,「医術の心得」(広辞苑第6版)との意味で一般に用いられている。

イ 被告による本件標章の使用態様等

(ア) 本件ウェブサイト1(甲5)においては,「医心養成ゼミでは良医になるための知識や心構えを習得していきます。」「医心=『主体性』『課題発見力』『傾聴力』など,臨床医・研究医にとって必要な資質。」等の記載がある。
(イ) 本件ウェブサイト2(甲8の2)には,「医学部入試(面接・小論文)突破のみならず,その先の医学生として,自分を高め続けていくために必要な素養や能力,それが『医の心』です。」「医心養成ゼミとは,その『医の心』を講義形式やその場での実践を通して身につけていくことを目的とした特別講座です。」等の記載がある。
(ウ) 本件ウェブサイト3(甲8の4)には,「―医師に欠かせない『医の心』を育てる―『医心養成ゼミ2016』のご案内」「(学)河合塾では,大阪校医進館にて,中学生・高校生とその保護者を対象に医学部志望者のための特別講座『医心養成ゼミ2016』を実施いたします。」「当講座では,『医の心』を講義形式やその場での実践を通して身につけていくということを目的としています。」等の記載がある。
(エ) 本件パンフレット(甲8の5)には,「医心養成ゼミでは,楽しみながら医師になるための知識や心構えを習得していきます。」等の記載がある。
(オ) 被告作成のパンフレット(乙4)には,「『医心養成ゼミ』では,合格後の医学生・医師にとって必要な素養『医心』を高1生の時点から3年かけて段階的に養成します。」等の記載がある。
(カ) 被告作成のチラシ(乙17)には,「医心養成ゼミ」について「今日求められている医学研究者・医療人の素養を,グループワーク形式(定員40名)の講座を通して体感してみよう。」との記載がある。
(キ) 被告が平成27年4月に大阪校医進館において開講した,医学部志望の高校1年生向けの「医心養成ゼミ」は,医学部受験に必要な知識の習得を直接の目的とするものではなく,「パターナリズム」や「将来のライフスタイル」について議論したり,研究現場を訪れたり,医師を志望する理由を英語で考えたり,「論理的に考える力」「計算処理力」「論証力,表現力」を獲得するなどのテーマで議論を行うといった内容であった(乙11の1ないし11)。

ウ 本件検索結果の内容。

 本件検索結果は,被告が開講している「医心養成ゼミ」に関する被告のウェブサイトの記載の一部が表示されたものであり,例えば,「医心養成ゼミとは,その『医の心』を講義形式やその場での実践を通して身につけていくことを目的とした特別講座です。」,「高校1年生対象『医進コース体験ゼミ』のご案内です。…徹底的な『医学部合格への学力』養成に加え,合格後の医学生・医師にとって必要な要素『医心』を高1生の時点から3年かけて段階的に養成する…」等の記載がある(甲8の1・3)。

(2) 前記(1)ア(ア)のとおり,「医の心」という語は,従前から医療関係の書籍や番組等で頻繁に用いられている語であり,その文言からしてその意味は医師ないし医療の心得といったものであると自然に理解できるところ,現に,昭和62年に発行された心臓外科の権威とされる医師による「医の心」と題する書物(乙8)では,「医の心」につき,医師の心得ないし医師の心情との意味である旨が詳細に記載されている。
 また,「医心」という語も,「医の心」を短縮した語であると解され,現に,前記(1)ア(イ)のとおり,「医術の心得」(広辞苑第6版)といった意味で一般に用いられている。 そして,前記(1)イ(ア)ないし(カ)のとおり,被告は,本件ウェブサイト等を含む被告のウェブサイト及びパンフレット等において,被告標章1「医の心」や被告標章2「医心」という語を,上記のような一般的な意義と同様に,医師としての心構えや医師が有すべき素養等といった意味で用いているものであり,被告標章3「医心養成ゼミ」も,そのような「医の心」や「医心」を養成するためのゼミであることを説明しているものである。実際に,被告は,前記(1)イ(キ)のとおり,「医心養成ゼミ」において,医学部受験のための知識ではなく,医師としての心構えや素養を養うことを目的としたカリキュラムを提供している。
 以上のとおり,本件ウェブサイト等を含む被告のウェブサイト及びパンフレットにおいて,被告標章1及び2は,医学部志望者が医師になるために学力とともに備えるべき心構えや素養を記述的に説明した語であり,被告標章3も,医師として必要な心構えや素養の養成を目的とするゼミであることを記述的に説明した語であると認められるから,これらの標章は自他識別機能を有する標識として商標的に使用されているものではなく,したがって,被告のウェブサイト及びパンフレットにおける被告標章1ないし3の使用には,本件商標権1及び2の効力は及ばない(商標法26条1項6号)。
 なお,仮に,原告から使用許諾を受けた者が本件商標を商標的に用いているとしても,同事実によって,被告が被告標章を商標的に使用していることにはならない。

(3) また,本件検索結果における被告標章1ないし3の表示についても,被告が開講している「医心養成ゼミ」に関する被告のウェブサイトの記載の一部が表示されるものであるところ,そもそもそれが被告による使用に当たるか否かの点(争点(2))は措いて,その表示内容を検討しても,上記(2)の被告のウェブサイト及びパンフレットにおける被告標章の使用の場合と同様に,被告標章を商標的に使用しているものではなく,本件商標権1及び2の効力は及ばない。

 結論

 以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求はいずれも理由がないからこれらを棄却することとし,主文のとおり判決する。

検 討

 本判決の判断は首肯できる。

 裁判所は、
(1) 「医の心」という語は,従前から医療関係の書籍や番組等で頻繁に用いられている語であり,その文言からしてその意味は医師ないし医療の心得といったものであると自然に理解できるところ,現に,「医の心」と題する書物では,「医の心」につき,医師の心得ないし医師の心情との意味である旨が詳細に記載されている。また,「医心」という語も,「医の心」を短縮した語であると解され,現に,「医術の心得」(広辞苑第6版)といった意味で一般に用いられている。そして,
(2) 被告は,被告のウェブサイト及びパンフレット等において,被告標章1「医の心」や被告標章2「医心」という語を,上記のような一般的な意義と同様に,医師としての心構えや医師が有すべき素養等といった意味で用いているものであり,被告標章3「医心養成ゼミ」も,そのような「医の心」や「医心」を養成するためのゼミであることを説明しているものである。実際に,被告は,「医心養成ゼミ」において,医学部受験のための知識ではなく,医師としての心構えや素養を養うことを目的としたカリキュラムを提供している。
と認定した。

 そして,本件ウェブサイト等を含む被告のウェブサイト及びパンフレットにおいて,被告標章1及び2は,医学部志望者が医師になるために学力とともに備えるべき心構えや素養を記述的に説明した語であり,被告標章3も,医師として必要な心構えや素養の養成を目的とするゼミであることを記述的に説明した語であると認められるから,これらの標章は自他識別機能を有する標識として商標的に使用されているものではなく,したがって,被告のウェブサイト及びパンフレットにおける被告標章1ないし3の使用には,本件商標権1及び2の効力は及ばない(商標法26条1項6号)
と判断した。

 辞書に記載されている普通名詞からなる商標も多いが、それが使用される商品・役務との関係から、自他商品役務識別機能を発揮しないことも多いから、商標権者は権利行使に留意すべきである。

以 上

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