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量産実用品の著作物性 -「TRIPP TRAPP」子供用椅子事件
最高裁第二小法廷判 2026(R08)・04・17 R7(受)356 不正競争行為差止等請求事件
(原審 知財高判2015(H27)・4・14 H26(ネ)10063|判例紹介)
事実の概要
1.本件椅子は、上告人オプスヴィック社が著作権を有する著作物であり、上告人ストッケ社が独占的利用権に基づいて製造販売しているものであって、被上告人による上記各製品の製造販売等が本件椅子に係る上告人らの複製権や独占的利用権を侵害しているなどと主張し、被上告人に対し、損害賠償等を求める事案である。
2.所論は、本件椅子のように、量産されて日常生活の中で実用に供されることが予定されている物品(以下「量産実用品」という。)であっても、その形状等(形状、模様若しくは色彩又はこれらの結合をいう。以下同じ。)が創作的な表現であれば、美術の範囲に属するものとして著作物に当たるというべきであり、本件椅子は、その特徴的な形状が創作的な表現であることからすると、著作物に当たるにもかかわらず、これを否定した原審の判断には法令の解釈適用の誤り及び判例違反があるというものである。
判 決
上告棄却。最高裁は、本件椅子の著作物性を否定した上で、「原審の判断は、正当として是認することができ、所論引用の判例に抵触するものではない」と判示した。
理 由
⑴ 著作権法2条1項1号は、「著作物」を「思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」と定義している。もっとも、量産実用品については、その形状等が思想又は感情を創作的に表現したものであるということができれば、直ちに美術の範囲に属するものとして著作物に当たるとの解釈を採ることは相当ではない。すなわち、我が国には、産業の発達に寄与することを目的として、視覚を通じて美感を起こさせる量産実用品の形状等を保護する意匠法があり、量産実用品の形状等について、意匠登録出願をして所定の審査を経て設定の登録がされることで意匠権が発生する。意匠権者は、業として登録意匠及びこれに類似する意匠の実施をする権利を専有し、意匠権の存続期間は原則として意匠登録出願の日から25年とするなどとされている(1条から3条まで、6条、16条、20条、21条、23条等)。これに対し、著作権法では、登録等の手続を経ることなく著作権が発生し、業として行われる行為以外にもその効力が及び、その存続期間は原則として著作物の創作の時から著作者の死後70年を経過するまでの間と、著作者は著作権に加えて著作者人格権も享有するなどとされている(第2章第3節第1款から第3款まで、第4節等)。以上のような我が国の意匠法及び著作権法における権利の発生要件、内容及び存続期間等に鑑みれば、上記解釈を採り、量産実用品の形状等について、意匠法に加えて著作権法により保護されることを広く認めた場合には、あえて費用等を投じて意匠登録を受けなくとも、同法によって、より長期間、広範に保護が受けられることとなる可能性があり、意匠法の存在意義を損なうおそれがある。
また、量産実用品の形状等について広く著作権法の保護が及ぶとすると、著作者人格権により権利関係が複雑化して量産実用品の利用が妨げられたり、意匠権の存続期間満了後も長期間にわたって量産実用品の形状等を自由に利用することができなくなったりすることにもなりかねず、産業の発達に寄与するという意匠法の上記目的が阻害されるおそれもある。
⑵ もっとも、量産実用品の形状等は、通常、実用目的に必要な機能(以下、単に「機能」という。)との関係で一定の制約を受けて決定されるものであり、機能に由来する構成と別個にこれを把握することができないものであるけれども、その中には、例えば、表面に単なる模様や表面加工の域を超える装飾が付加されているもののように、当該付加部分の形状等が、機能と関連せず、観念上、機能に由来する構成とは別個の絵画や彫刻として把握できるものがある。このようなものは、量産実用品に「美術の著作物」(著作権法10条1項4号)が単純に付加されたものということができ、当該付加部分に同法の保護が及ぶことは当然である。
また、量産実用品の中には、例えば、全体として彫刻等とも看取できるもののように、その全体又は部分における形状等が、当該実用品としての機能と関連してはいるものの、観念上、機能に由来する構成とは別個の彫刻等として把握できるものがある。このような形状等は、機能に由来する構成とは別個に思想又は感情の創作的な表現を把握できるという点において、「美術の著作物」が単純に付加された上述の場合と同様であるということができるから、著作権法の保護を及ぼすのが相当である。上記のような形状等は、機能との関係で一定の制約を受けるのが通常である量産実用品の形状等としては例外的なものであるということができるのであって、これに著作権法の保護を及ぼしても、上記でみたような弊害が生ずるおそれは小さい。
以上によれば、量産実用品の全体又は部分における形状等が、観念上、機能に由来する構成とは別個に、思想又は感情の創作的な表現として把握することができるものである場合には、当該量産実用品の全体又は部分は、著作権法2条1項1号にいう著作物のうち、美術の範囲に属するものに当たるというべきである。
⑶ これを本件についてみると、前記事実関係によれば、本件椅子は、量産実用品であって、上告人らは、大要、約66度の略L字型を成して床面から立ち上がっている2本の脚を有し、当該2本の脚の間に座面板及び足置板が床面と平行に固定されるようになっている点において創作性が認められるから、本件椅子が著作物に当たると主張する。しかしながら、上記の点は、子供用の椅子としての機能に由来する構成である脚、座面板及び足置板の配置による形状が美感を起こさせるものであることを基礎付ける事情にすぎない。そして、本件椅子の全体又は部分における形状等は、子供用の椅子としての機能に由来する構成としてしかこれを把握することができず、当該構成とは別個に、思想又は感情の創作的な表現として把握することができるものではない。よって、本件椅子は、著作物に当たるとはいえない。
以上によれば、所論の点に関する原審の判断は、正当として是認することができ、所論引用の判例に抵触するものではない。論旨は採用することができない。なお、その余の上告受理申立て理由は、上告受理の決定において排除された。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
[裁判官尾島明の補足意見]
1 法廷意見は、量産実用品を対象にして、その形状等について意匠登録をすることができるものが別途美術の範囲に属する著作物にも当たるか否かについて、「量産実用品の全体又は部分における形状等が、観念上、機能に由来する構成とは別個に、思想又は感情の創作的な表現として把握することができるものである場合には、当該量産実用品の全体又は部分は、著作権法2条1項1号にいう著作物のうち、美術の範囲に属するものに当たる」と判断した。
量産品や実用品であっても、例えば、量産品である版画は著作権法10条1項4号により明文で美術の著作物とされているし、茶道具、食器などの実用品にも美術の著作物とされるものがあり得ることから、量産実用品であることをもって直ちに著作物性が否定されることにはならない。美術工芸品は、著作権法2条2項により美術の著作物とされており、一品ずつ制作される実用品でもある工芸品が典型的なものであるが、その定義を確定するよすがとなる規定は法令中に見当たらず、量産実用品でこれに当たるものがないとまではいい切れない。このように美術工芸品に該当するか否かの外延は必ずしも明確ではないものの、本件椅子が美術工芸品でないことは明らかなので、その該当性の要件を本件で検討する必要はない。
2 法廷意見は、また、我が国の知的財産法制が、どのようなものを対象にして、どのようにその権利を保護することを立法上選択したかという観点から、量産実用品について、著作権法と意匠法それぞれの保護対象物、保護の目的、保護のための要件・手続、権利の内容とその存続期間等を考慮して、それらの適用範囲を画する基準を示したものである。
知的財産法の分野においては、国際的な最低限度の保護水準を設定し、あるいは各国制度のハーモナイゼーションを目指す取組が相当以前から行われ、各種条約が締結されてもいるところである。本件に関係するのは、文学的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約(以下、単に「ベルヌ条約」という。)であるが、同条約は、応用美術の著作物及び意匠に関する法令の適用範囲並びにそれらの著作物及び意匠の保護の条件は、同盟国の法令の定めるところによる(ただし、応用美術の著作物の保護期間は、製作の時から25年よりも短くてはならない。)としており(2条⑺、7条⑷)、それらの事項について我が国がその知的財産に関わる立法政策により定め得ることが前提とされている。そこにいう応用美術の概念には曖昧なところもあるが、量産実用品である本件椅子についての我が国の保護の在り方がベルヌ条約上どのように扱われるかを検討するには、応用美術についての規律との関係をみるべきこととなるところ、本件椅子がベルヌ条約にいう応用美術に該当するといえることに問題はなかろう。
上告人らは、米国や欧州諸国における応用美術に関する法令や裁判実務等を根拠に、本件椅子は著作物として保護されるべきであると主張するが、上記のとおり、ベルヌ条約上応用美術と意匠の関係に係る制度設計は各同盟国に任されているのであって、我が国の法律を解釈するのに、他の諸国の制度を参考にすることは知的財産法が有する上記のグローバルな特性から有益なことが多いかもしれないが、これをするには、各国の歴史や社会状況、実際の法令の仕組み、判例の趣旨などを踏まえて深く考察することが求められるといえよう。本件に関する制度にしても、例えば、米国では応用美術を含む実用品のデザインは、当該物品の実用面と別個に識別することができ、かつ、独立して存在し得る絵画、図形又は彫刻の特徴を有する場合にのみ、その限度において絵画、図形又は彫刻の著作物として扱われるという明文の規定が合衆国著作権法中に存在するので101条)、その規定の解釈論として実用品からの分離可能性と独立存在可能性をいう判例法が形成されており、また、その前提となる米国の著作権の制度自体、財産的側面に重きを置き、著作者人格権が一般的なものとして同法中に明確な形で認められていないし、権利行使には著作権の著作権局への登録を要するなど、我が国の法制とは相当な違いがあるといえる。また、欧州にあっては、伝統的にデザインとブランドの強い競争力を持つという社会状況を背景に、実用品のデザインについて、著作権法と意匠法による重畳的な保護がEU法等によって行われ、意匠権発生の実体的要件の有無に関して公的審査を経ずに権利を付与する国もあるなどの違いがあるので、多くの欧州諸国で本件椅子が著作物として認められているからといって、法制の異なる我が国で同様の保護が要請されることにはならない。我が国は、著作権法と意匠法がその保護対象や保護要件等を別個に定めており、著作権法中には応用美術に関する規定が存在しないことを前提に、法廷意見がいうように、同法と意匠法の適用範囲を法の趣旨や利害得失を勘案しながら合理的に画していくことが必要であるといえる。
3 原判決は、「原告製品のような実用品の形状等の創作的表現について著作物性が認められるのは、それが実用的な機能を離れて独立の美的鑑賞の対象となるような部分を含む場合又は当該実用品が専ら美的鑑賞目的のために制作されたものと認められるような場合に限られる」としている。一方、法廷意見は、「量産実用品の全体又は部分における形状等が、観念上、機能に由来する構成とは別個に、思想又は感情の創作的な表現として把握することができるものである場合」とし、「美的鑑賞」という語を用いていない。その趣旨は、本件で問題になっているのは、美術の著作物該当性であり、また意匠の定義の中に「視覚を通じて美感を起こさせるもの」という要素があることから(意匠法2条1項)、何らかの「美」の存在が措定されるものではあるが、「美的鑑賞」の語からはあたかも高度な創作性や芸術性が必要であるかのような誤解が生じかねず、また、そもそも美的な芸術としての鑑賞に値するか否かを裁判所が判断するのは不適当と思われるからである。
法廷意見のいう「量産実用品の全体又は部分における形状等が、観念上、機能に由来する構成とは別個に、思想又は感情の創作的な表現として把握することができるものである場合」という要件も、抽象度が高いものであるが、法廷意見が本件椅子についてその当てはめの判断を行っているように、その要件の具体的適用については、今後様々な事例の積み重ねに期待することとなろう。
検 討
量産されて日常生活の中で実用に供されることが予定されている物品(量産実用品)の著作物性の判断基準を示した最初の最高裁判決である。
つまり、量産実用品の全体又は部分における形状等が、観念上、機能に由来する構成とは別個に、思想又は感情の創作的な表現として把握することができるものである場合には、当該量産実用品の全体又は部分は、著作権法2条1項1号にいう著作物のうち、美術の範囲に属するものに当たる。
尾島裁判官の補足意見によると、量産品である版画は著作権法10条1項4号により明文で美術の著作物とされているし、茶道具、食器などの実用品にも美術の著作物とされるものがあり得ることから、量産実用品であることをもって直ちに著作物性が否定されることにはならない。美術工芸品は、著作権法2条2項により美術の著作物とされており、一品ずつ制作される実用品でもある工芸品が典型的なものであるが、量産実用品でこれに当たるものがないとまではいい切れない。このように美術工芸品に該当するか否かの外延は必ずしも明確ではない。
原判決は、「原告製品のような実用品の形状等の創作的表現について著作物性が認められるのは、それが実用的な機能を離れて独立の美的鑑賞の対象となるような部分を含む場合又は当該実用品が専ら美的鑑賞目的のために制作されたものと認められるような場合に限られる」としているが、本判決では、「美的鑑賞」という語を用いていない。その趣旨は、本件で問題になっているのは、美術の著作物該当性であり、何らかの「美」の存在が措定されるものではあるが、「美的鑑賞」の語からはあたかも高度な創作性や芸術性が必要であるかのような誤解が生じかねないからである。
形状等が、「・・・、思想又は感情の創作的な表現として把握することができるものである場合」という要件も、抽象度が高いが、その要件の具体的適用については、様々な事例の積み重ねに期待されている。
「応用美術の著作物性に関する議論は、・・・長らく争われている論点であり、知財高裁による試行錯誤に対してそろそろけりをつけてよい段階に来ているのではなかろうか。もはや機は十分に熟しているように思われる。」(注1)との意見があるが、本判決でけりはついたか?
(注1)田村善之「タコの形状を模した滑り台の著作物性を否定した知財高裁判決について」知的財産法政策学研究 Vol.66(2022) 9
(参考文献)・知財高判平成26・8・28(平成25年ネ第10068号)ファッションショー事件
・知財高裁令和3・12・8(令和3年ネ第10044号)タコの滑り台事件控訴審
・東京地判令和4年11月25日決定令和3年ヨ第22075号 版画美術館事件
・丁 哲「応用美術の著作物性」立命館法学 2025 年 1 号(419号)
以 上
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